塗り替えられた表面は、
常に新しく最後の表面であって欲しい。
ドローイングをすること。それを見ながらタブローを描くこと。
ひとつの媒体からひとつの媒体へ翻訳し直すとき、
そこには誤訳や失われる言葉遣いがある。
ドローイングは、描き終えるまで見続けるためのものではなく、
描き始めるために見るものであり、いつか見なくなるためにある。
描き進めるほどに、はじめに見ていたものは少しずつ遠ざかっていき、
やりとりはその都度架けられ、その都度ほどかれる。
元に戻らなくなった言葉で話すこと。
ここにはもうないものが今ここにあるものを模る。
そうして最後に残った表面だけが表面であり、
最後に残った言葉だけが、次に向けた言葉になる。
ー国弘 柊大郎
この度 hide gallery では、9月12日(土)~9月27日(日)の会期にて、国弘柊大郎の個展「かせつの、」を開催いたします。
本展は、国弘にとって当ギャラリーでははじめての個展となり、新作のペインティング約6点を展示いたします。
2002年京都府に生まれ、現在、武蔵野美術大学に通う国弘の制作には、在学中さまざまに試される表現内容においてもなお、絵画というメディウムがもつ物質性に光をあて、絵画を媒体とした空間ないしは鑑賞者との関係を探る姿勢が一貫してみられるように思います。厚みから設計された自作のパネルやキャンバス、空間に応じて細やかに調色・塗布される絵具、即物的に並置される線や形たち。作家の行為によって遡及的に作品がかたち作られていくことは、とくに絵画表現においては一見あたりまえで素朴な試みのようにも感じられますが、国弘固有の機微をもってつくられた作品を前に、鑑賞者の身体感覚が空間とのあいだを往還する、そのような経験へとつながっていきます。
本展では、国弘が新たに取り組み始めた、方眼紙にある一定のルールを設けてドローイングを描き、そのドローイングを見ながらキャンバスに油彩を描き進めた作品群を中心にご紹介いたします。
ひとつの媒体から別の媒体へと移る過程で、もとのルールや、描き始めるために見ていたものは少しずつ手放され、翻訳や誤訳ともいえるずれが否応なく生じます。「かせつの、」という展覧会名の最後に置かれた読点のように、ひとつの絵画がひとつの状態へと定まっていく、その過程にも目を向けていただければと思います。この機会にぜひご高覧ください。